島の森は深い。

「切っても三年もすれば森は再生し、

　五年もすれば、ほぼ復元する」と古老は言う。

二万年前、

地球を覆ったベルム氷期は終わり、

海面上昇が始まった。

ユーラシアをおおっていた草原に森の回廊が出現、

草原から森へ、

海から森への民族移動が始まった。

やがて対馬暖流が日本海へ注いだ時、

日本列島は独自の海洋風土をはぐくんだ。

ヒマラヤ以東の照葉樹の森は、

一万四千年ごろには琉球弧をおおい、

そのころ現在の奄美の森の原型が生まれた。

もし、縄文草創期の森を見たいなら、

奄美の森がそれに応えてくれるだろう。

そして、森と海は知っている。

高千穂に降臨したニニギノミコトが、

なぜ笠沙へ行ったか、を。

縄文中期（５０００年前）以降、

ここ加計呂麻島は、

呪能を有する貝の主産地だった。

子安貝やヤコウガイ、ボウウラなどが薩摩半島の坊津や笠沙、

大隅半島の波見や唐仁を南島交易の津（港）に発展させた。

ここから海洋民の血を引く阿多隼人・日向隼人が歴史に誕生する。

その最たるものが古事記・日本書紀に記された天孫降臨の話。

笠沙の黒瀬海岸に上陸したニニギは、

大山津見神の娘、神阿多津比賣(あたつひめ)、

別名コノハナサクヤ姫に求愛する。

その長子火照命が阿多隼人の君の先祖に、

その末子火遠理命が天皇家の祖先になった。

つまり、分かりやすく言うと、

記紀の出だしは阿多隼人とヤマト王権の祖・天皇家との婚姻の話である。

そのカギとなったのが、

呪力を有する奄美産の貝であった。

ある年、

中国大陸で秦が滅び、

北方系牧畜民が渡来してきたとき、

疫病（天然痘）を持ち込んだ。

一気に蔓延した疫病で、

多くの死者を出した。

が、阿多・日向隼人は感染せず、

元気だった。

疫病に感染しない強靭な免疫力を有する隼人。

その血を入れない限り、天皇家の未来は危うい。

八世紀初め、

記紀が編纂されたとき、

そんな歴史の記憶があったのではないか。

東へ走ると、

諸鈍の湾が視界に入る。

春五月、

ディゴの並木はいっせいに開花する。

林道には赤目柏や島桑が茂り、

樹陰にはアマチャヅル、月桃がひそむ。

長命草が岸壁に這う。

縄文以来、

お世話になった奄美群島。

そろそろお返しをするころかな。